2008年11月20日
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面白ショートショート『隕石辞任』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 地球に巨大な隕石が迫っていた。

 それを発見した世界政府科学局は、放置すれば人類滅亡の恐れがあると警告を発した。

 これに対して、世界政府の宇宙軍は、我が軍の全力をもってすれば隕石を破壊可能であると発表した。ただし、宇宙軍が維持されていれば……という但し書きを付けて。

 この2つの発表は大きな衝撃を与えた。なぜなら、現在の世界政府の大統領は、黒い癒着が多く、しかも誰と戦うのか存在意義もあやふやな宇宙軍の解体によって人気を得て支持されていたからだ。今や、宇宙軍は実質的な戦力を持たざる名目上の小組織に成り果てていた。

 しかし今、大統領は地球を守る手段を自らの手で解体してしまったことが明らかになったのだ。このまま放置すれば、大統領の支持率が最低水準にまで落ちることは明らかだった。それどころか、大統領を支持する人民が滅びかねない。

 かといって、今更大統領は宇宙軍を早急に再編成させることもできなかった。黒い癒着、税金の無駄遣いを断ち切るために解体した宇宙軍を、短い期間で復活させるためには、それらの負の側面も復活させざるを得ない。そうなれば、たとえ隕石を破壊して地球を守れたとしても、大統領の支持率が落ちることは間違いなかった。

 つまり、大統領はどちらに転んでも最終的に辞任に追い込まれることが明らかだった。

 マスコミは、この予測を「隕石辞任」と名付け、おもしろおかしく書き立てた。

 それを見た大統領は「隕石辞任」だけは絶対にしないと心に決めた。政敵に負けたのならまだ諦めがつくが、隕石ごときに負けたと見なされるのは、耐え難かったのだ。

 そこで、大統領は自らの権限で世界政府科学局に莫大な予算をつぎ込み、隕石を詳しく調査させた。それに要するコストは非常識な金額になったが、大統領はそれを押し切った。それほどの金を掛けるなら宇宙軍を復活させては……という意見にも耳を貸さなかった。

 そして、重大な事実が判明した。

 隕石全体が希少な物質であるアノマロカリウムで出来ていることが分かったのだ。アノマロカリウムはあらゆる分野で使われる無公害エンジンの触媒であり、産業界で必須の物質だった。しかし、地球上ではごく僅かしか取れず、極めて高い金額で取引されていた。

 その希少なアノマロカリウムが、あの隕石には膨大に存在するのだ。

 大統領は、さっそくその事実を発表し、更に隕石のアノマロカリウム採取からは税金を徴収しないという政策を打ち出した。

 まさに大統領が行ったことはそれだけだった。

 しかし、世界は自発的に動いた。

 何しろ、希少でニーズも大きなアノマロカリウムである。高価な宇宙船を仕立てて採取に行っても、有り余る儲けが出る。

 我先にと、世界中でアノマロカリウム採取の宇宙船が仕立てられ、出発していった。

 そのことは、世界経済に未曾有の好景気をもたらした。何しろ、莫大な儲けが目の前に待っているのだから、誰しも金を湯水のごとくつぎ込んで宇宙船を仕立てようとしたのだ。その金が社会を巡り巡って、世界全体の景気が過熱したのである。

 そして、多数の宇宙船が隕石に到着し、我先にとアノマロカリウムを採取した。僅か一週間で隕石は極めて小さな岩の塊に姿を変えた。アノマロカリウム以外の物質だけが採取されずに残ったものである。そのサイズは大気摩擦で燃え尽きる程度であり、全く無害であった。

 かくして隕石危機は回避された。

 大統領の評価も高まった。

 宇宙軍の力など借りなくても、機転1つで危機は回避できると大統領は自画自賛した。

 マスコミも大統領を称えた。

 しかし、アノマロカリウムを積んだ宇宙船が次々と地球に帰り着くと、地球経済は未曾有の不況に突入した。理由は簡単だった。産業界が必要とする量の数万倍のアノマロカリウムがいきなり市場に持ち込まれたのである。アノマロカリウム相場は一瞬で暴落し、アノマロカリウム採取に投資した者達は皆大損したことが明らかになったのだ。その影響は社会全体に波及し、不況が世界を覆い尽くした。大恐慌である。

 大統領は、この大恐慌を収拾できず、辞任を表明した。

 マスコミは、隕石の扱いを誤ったことによる辞任と見なし、この辞任を「隕石辞任」と呼んで報道した。

(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)

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